I'm still alive

Art/performance/October,2017-

 「I’m still alive」の作品における身体はキャンバスだ。そして絵の具はメディアであり、私は自らの身体/皮膚に絵の具を全身に纏い、新たな皮膚の生成を行っている。そしてそのパフォーマンスにより、身体が私と0距離で絵画となる。その一連の行為は生命維持の為の行為であり、また生きている感覚を確認するための行為として行なっている。

何故生きていることを確認しなければならないのかだが、私は自分が生きているのか死んでいるのかよく分からないからだ。

私の持ち合わせている生死の境界がぼんやりした感覚は、社会と身体の関係性に原因があると考える。

そもそも身体は社会と密接な関係であり、身体は周りの環境と連動し、有機的であるという概念を私は定義しているのだが、現在の社会では肉体と精神と肉体の離別化、身体の物質化が進み、それにより生死の境界感覚が曖昧化されていると考察する。

その感覚は私の定義する死の事=生命の物質化に付随している。その為、私は塗料を纏わなければ自身が生きている事を把握する事が出来ない。しかし、身体の上で混ざり合う絵の具は私が私である事を超え、また人間という身体をもった存在である事も忘れさせる。

塗料というメディアを纏った身体は世界を感知するアンテナと化す。感覚を遮断することが不可能な皮膚は、そのアンテナの要素を強く持ち、結果私は世界との交信を図る。それは「まだ生きている」という自己確認をしているにも関わらず、同時に自己解放を行っていると言えるだろう。

そのパフォーマンスを写真というメディアを使用することは、2次元の世界へと変換することにより、個が溶け出し、個がなくなる状態になり、そこに鑑賞者への余白を生み出しているのだ。パフォーマンスの時間軸と、写真の時間軸が同じ空間の中で交差することにより、私の「まだ生きている」という確認の行為が余白を生み出す事でこの席あと一体化する。そしてそのような箇所に表現の可能性を感じている。

私はこの作品を通して、身体と感覚を拡張し、自己からの脱却を図り、個がなくなることの自由さを伝えたいのである。個の主張ではなく、身体と死生観に付随する余白を生み出す事で世界と一体化する。

それはまさに超身体化/脱身体化/合身体化である。

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